大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2642号 判決

控訴人

足立工業株式会社

右訴訟代理人弁護士

芦苅直己

石川悌二

阿部昭吾

久保恭孝

被控訴人

株式会社キヤツプシユールデラツクス

右訴訟代理人弁護士

鈴木半次郎

右補佐人弁理士

竹沢荘一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「(一)原判決を取り消す。(二)被控訴人は、控訴人に対し、金八〇〇万円とこれに対する昭和三六年九月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める旨申し立て、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実および法律上の陳述は、次に掲げる外、原判決の記載と同一であるから、これを引用する。(中略)

(一)  控訴代理人は次のように述べた。

(1)  原審昭和三六年(ワ)第六、六二五号事件について、控訴人は損害賠償請求を除くその余の訴をいずれも取り下げる。

(2)  本件登録実用新案の考案要旨は、原審以来控訴人が主張しているとおりであつて、キヤツプシールの主体と環状壁との間に間隙溝を形成したからといつて、これがために格別の作用効果を奏するものではない。すなわち、この間隙溝は、まず、二重壁にしたキヤツプシールの上端部の強度を補強するものと考えられたのであるが、実はこの作用効果は、もつぱら、上端部を二重壁とした講造によつて既に達せられるところであつて、間隙溝自体としては、せいぜいキヤツプシールを運送する際に、その型崩れを多少防ぐ程度の効果を奏するにすぎないが、その場合でも、間隙溝は、運送によつて大巾にせばめられてしまう結果となる。つぎに、キヤツプシールを王冠栓を施した壜頭部に装着する際、間隙溝があればキヤツプシールが必要以上にずり落ちるのを防止できるとも考えられたが、この作用効果についても、もともとキヤツプシールの主体は円錐状を呈しているから、その上端部の内径は、下端部のそれよりも当然に小さくなつており、このことだけでも、ずり落ち防止が可能なわけであるし、更に、実際上も、壜口および王冠の外径誤差が極めて僅少であるから、キヤツプシール主体の上端部と下端部の内径をいずれも正確に截断し、製作上キヤツプシール自体の誤差を小さくすることによつて、間隙溝がなくても、十分にずり落ち防止の効果を奏することができるのである。

他方、被控訴人の実施にかかるキヤツプシールは、いずれも本件登録実用新案のキヤツプシールに相当するものの内部に更にならし棒を差し込んで転がし、環状壁を主体の内側に重合密着させ、その間に存した間隙溝を潰すという一工程を加えたうえで製作されている。被控訴人は、間隙溝の重要性について色々と主張するけれども、自らは、その間隙溝を右のようにわざわざ一工程を加えて潰しているのであつて、このことは、とりもなおさず右主張が誤つていることを実証するものであろう。

要するに、控訴人の本件登録実用新案と被控訴人の実施品との比較において、間隙溝の有無は、構造上の微差であるにすぎないから、後者は、前者の権利範囲に属するものである。

(二)  被控訴代理人は、次のように述べた。

(1)  原審昭和三六年(ワ)第四、五七三号事件について、被控訴人の訴をいずれも取り下げる。

(2)  本件登録実用新案における間隙溝は、被控訴人が原審以来主張するように、考案の主要部をなすものである。

なるほど控訴人主張のように、キヤツプシールは、主体自体が円錐状を呈しているから、その上端部の内径を十分に小さくしておけば、間隙溝を設けなくても、壜口に係止することが可能である。しかし、実際上は、キヤツプシール上端部の内径、壜口もしくは締付後の王冠下端部の外径等の寸法に多少の異同があるために、キヤツプシールが壜口に係止できたとしても、その係止位置を常に一定に保つわけにはいかないであつて、これでは、爾後の装着作業を円滑かつ能率的に行い、製品の体裁と均一度の良好を図ることができなくなる。本件登録実用新案の間隙溝は、まさにこの課題を解決するための一つの提案を意味するものである。すなわち、本件登録実用新案においては、キヤツプシールの主体と環状壁との間に間隙溝が形成されているから、キヤツプシールを壜頭部に被嵌すれば、まず環状壁の部分が王冠の外側面に当接するが、その際、前記のように王冠の外径等に多少の異同があり、そのためにキヤツプシールの壜口より上方へ突き出る高さが一様でないとしても、これを壜口へ押し下げれば環状壁の上部の屈曲端縁部が外方へ拡径され、間隙溝の巾も減少して、所要の一定位置にまで嵌合停止させることができるのである。

ところで、右のように環状壁の部分が王冠の外側面に当接した場合、本件登録実用新案公報の図面第4図にも明示されているとおり、王冠下端の外側波状突起部がキヤツプシール主体の内側に当接することのないように、間隙溝の巾を定めておく必要がある。そうしないと、キヤツプシールを壜口へ押し下げたとき、王冠下端の外側波状突起部がキヤツプシールの主体内部に喰い込み、該部の内厚を著しく減少させたり、場合によつてはキヤツプシールを破損するおれたがあるからである。従つて、そのほかに、前記王冠の外径等の寸法誤差に伴う影響を吸収する必要をも考慮するならば、本件登録実用新案における間隙溝は、工作上の都合によつて偶発的に付与される程度の極少量の巾では、決して所期の目的を達することができないのであつて、工作上なんらかの特別の手段を構じ、積極的に形成される必要があり、その所要の巾は、被控訴人の実測によれば、少くとも一・八ミリメートル以上なければ無意味である。

これに引き換え、控訴人の実施にかかるキヤツプシールは、いずれもあらかじめ環状壁を主体の内側に重合密着させていて、右のような間隙溝を全く具備していないから、本件登録実用新案とは構造および作用効果において顕著な差があるというべく、その権利範囲に属しないことは明らかである。

(3)  なお装着後の状態をみるに、本件登録実用新案においては、締付によつてキヤツプシールの上端縁部が多少不揃いになるおそれがあるが、被控訴人の実施にかかるキヤツプシールにおいては、あらかじめ環状壁を主体の内側に重合密着させてあるから、その上端縁部が常にきれいに仕上るという差異がある。かりに、両者が装着後において、差異ない場合があるとしても、この場合、前者は、その型の新規な考案部分たる間隙溝の作用効果を十分に発揮し尽した後なのであるから、この点は、後者が前者の権利範囲に属するかどうかを判断するのに影響を及ぼすものではない。<以下省略>

理由

一  控訴人が主張の実用新案登録第四〇八、三〇七号「金属板製キヤツプシール」(以下本件登録実用新案という。)の権利者であつたこと(該権利は昭和二八年一二月三日登録せられたもので、昭和三八年一二月三日存続期間の満了によつて消滅した。)、右登録実用新案の説明書における「登録請求の範囲」又び図面の記載が、別紙第三目録記載のとおりであること、並びに被控訴人が別紙第一、二目録記載のとおりキヤツプシール(以下被控訴人の実施品という。)を製造販売していることは、当事者間に争いがない。

二  よつて先ず本件登録実用新案の要旨について判断するに、前記当事者間に争いのない本件登録実用新案説明書における「登録請求の範囲」の記載及びその成立に争のない甲第一号証(乙第二号証に同じ。本件登録実用新案説明書)の全文及び図面の記載を総合すれば、本件登録実用新案の要旨は、

(一)  薄い金属板を以て、幾分頭截円錐状を呈するように筒形主体を形成し、

(二)  この筒形主体の上端部を稍内側に折り曲げて、ここに折り込み環状壁を設け、これにより筒形主体の上端部を二重壁となし、

(三)  筒形主体と環状壁との間に間隙溝を形成すること

を組み合せ、これを必須要件とする金属板製のキヤツプシールの構造に存するものと解せられる。

三  一方被控訴人の実施品、「地紙状に切截した主体の上端部を折伏して主体に接着させて周縁とし、この周縁を内側として幾分頭截円錐状になるように、主体の両端を捲着させたことを特徴とする金属箔のキヤツプシール」である。(なお被控訴人の実施品のうち別紙目録一のものは主体の上辺を直線状としているのに対し同二のものはこれを菊辨状としているが、これは実用新案として本件登録実用新案の類否を考察するについては、控訴人も主張するように設計上の微差に過ぎず、両者を別個のものとして取扱わなければならないほどの格別の意義を有するものでない。)

四  そこで被控訴人の右実施品が本件登録実用新案の技術的範囲に属するかどうかについて、いま前者(右実施品)の構造を、後者(本件登録実用新案)の前記要件にならつて配列して考察するに前者が、

(一)  地紙状に切截した金属箔主体の両端を、主体が幾分頭截円錐状になるように捲着することは、後者における前記(一)の簿い金属板を以て、幾分頭截円錐状を呈するように筒形主体を形成することと同一であり、また前者の

(二)  主体の上端部を折伏して周縁とし、この周縁を内側に主体の両端を捲着させることは、「折伏して」の意味を単に「折り曲げる」ことと解すれば、正に後者の(二)の筒形主体の上端部を稍内側に折曲げて、ここに折り込み環状壁を設け、これにより筒形主体の上端部を二重壁とすることに該当することは疑いない。しかしながら後者の(三)は、筒形主体と環状壁との間に間隙溝を形成しているのに対し、前者は、

(三)  主体の上端部を折伏して主体に接着させて周縁としているものであり、すなわち主体と周縁(前者の環状壁にあたる)との間に間隙溝を形成しないものである点において相違する。

控訴人も両者の間に右のような相違のあることは認めつゝも、本件登録実用新案が、(三)のキヤツプシールの主体と環状壁との間に間隙溝を形成したからといつて、これがため格別の作用効果を奏するものでなく、被控訴人等の実施品における(三)の構造が有する作用効果も、本件登録実用新案が有する作用効果となんら異るものでないから、間隙溝の有無は構造上の微差に過ぎないと主張する。

そこでこの点について判断するに、前記甲第一号証によれば、本件登録実用新案明細書の「実用新案の性質、作用及効果の要領」の項には、「(前略)本案はかかる従来のキヤツプシールの欠点を除去せんとして、上記の如く構成したものであつて、これを壜頭部に被嵌する場合は、第4図の如く王冠栓をした外側に嵌合する。然るときはキヤツプシール上部の内側折り込み環状壁2の部分が王冠側面に当るから、これによつてキヤツプシールは必要以上降下することがない。しかも環状壁2と主体1との間に間隙溝3があるから、王冠栓6の外径に多少の狂いがあつても嵌合キヤツプシールが王冠栓の下方に抜け落ちるような憂いもなく、常に定位置に嵌合停止せしめることが出来て、その締付を常に一定ならしめることができる。(下略)」と記載してあることが認められ、キヤツプシールを壜頭部に被嵌する場合、環状壁と主体との間に設けた間隙溝は、まさにここに記載されたとおりの作用効果を有するものと解せられるから、本件登録実用新案が、その説明書中「登録請求の範囲」の項において「而して主体1と環状壁2との間に間隙溝3を形成するようにした」と特に限定したことと相まち、右(三)の構造の有無は、直ちに説明書が明記した前記作用効果の有無に通じ、これをもつて構造の微差と解することはできない。

してみれば、被控訴人の実施品は、本件登録実用新案の要旨とする必須要件(三)を欠くものであつて、その技術的範囲に属しないものといわなければならない(その成立に争いのない乙第四八号証、乙第四九号証の一、二によれば、特許庁も、昭和三六年判定請求第四六号事件において、当裁判所と同一の判定をしていることが認められ、これに反する原審鑑定人佐藤宗徳の鑑定の結果は、当裁判所これを採用しない。)

五  以上の理由により被控訴人の実施品が本件登録実用新案の技術的範囲に属することを前提とする控訴人の本訴請求は、更に進んでその余の争点を判断するまでもなく、理由のないものというべく、控訴人の請求を棄却した原判決は結局相当であるから、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決した。(裁判長裁判官原増司 裁判官荒木秀一 佐藤邦夫)

別紙目録第一(被控訴人の実施品)

図面に示すように、地紙状に切截した主体1′の上端部を折伏して主体に接着させて周縁2′とし、この周縁を内側にしていくぶん頭截円錐状になるように主体の両端を捲着させてなる構造を有する金属箔キヤツプシール。

別紙目録第二(被控訴人の実施品)

図面に示すように、上辺を菊辨状とし地紙状に切截した主体1′の上端部を折伏して主体に接着させて周縁2′とし、この周縁を内側としていくぶん頭截円錐状になるように主体の両端を捲着させてなる

構造を有する金属箔キヤツプシール。

別紙目録第三(本件登録実用新案)

登録請求の範囲「図面に示すように薄い金属板を以て幾分頭截円錐状を呈するように形成した筒形主体1の上端部を稍内側に折り曲げて此処に折り込み環状壁2を設け、之により筒形主体1の上端部を二重壁となし、而して主体1と環状壁2との間に間隙溝3を形成するようにした金属板製キヤツプシールの構造」

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